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【まとめ】日本軍の航空関連施設。中島飛行機、立川陸軍航空工廠、海軍空技廠、空廠など【陸軍・海軍】



情報なさすぎ(ブチギレ

海軍の空廠とか所在地すら分からん!
正式名称も怪しい

遺構探索の下調べにどうぞ
ぜんぶ手打ちしてるからコピペ転載はやめてね


【便利な使い方】
・Win:「Ctrl+F」で単語入力
・Mac:「Cmd+F」同上

キーワード検索で該当箇所にジャンプ!
例:
「登戸」と打つと登戸研究所のとこが表示される


【現在地】日本軍の航空系まとめ

1:戦前の民間メーカー

三菱重工業 零戦、九六陸攻、一式陸攻、九七重爆、四式重爆など
中島飛行機 隼、鐘馗、疾風、呑龍、九七艦攻、天山、彩雲など 零戦(製造)

川崎航空機 九八軽爆、九九双軽、屠龍、飛燕、五式戦、研三 陸軍用DBのハ40など
愛知航空機 九九艦爆、流星、零式水偵、瑞雲、晴嵐など 海軍用DBのアツタ発動機など
川西航空機 強風、紫電、二式大艇

東海飛行機 現アイシン精機 トヨタと川崎航空機が共同出資して設立
日立航空機 練習機と小型エンジン 瓦斯電から引き継ぎ
九州飛行機 震電
立川飛行機 1936年に石川島飛行機から改称 隼(製造)、キ94など
王子航空機 キ106(木製疾風) 王子製紙江別工場(2000m滑走あり)石川島航空機 
満洲飛行機 満洲航空の工場 キ116(金星疾風)

日本飛行機 
日本国際航空機 現日産車体
昭和飛行機

トヨタ自動車工業 発動機、部品など
日産自動車工業 
東京瓦斯電気工業 航研機など いすゞ、日野などの前身 日立に経営権譲渡→日立航空機

日本陸軍 陸軍航空工廠 九九襲撃など
日本海軍 海軍航空技術廠(第一技術廠)、各空廠 彗星、銀河、天河、景雲、桜花、橘花など

Wikipedia:航空機メーカー

中島飛行機


日本最大の航空機メーカー。1945-08時点で総合財閥の三菱よりも当時の従業員や敷地は大部分がスバルに引き継がれた。


太田製作所 群馬県太田市 現在スバルの本工場 当時の事務所が残る
 工場数14、下請け140
 製造ライン6 うち隼3、疾風3
 前橋分工場 1939-03開設 太田の分工場
 呑龍工場 群馬県太田市 現在もスバル施設として残る(遊休状態)
 尾島工場 太田の分工場?

小泉製作所 竣工1940-04 群馬県大泉 現在スバル大泉工場
 工場数19、下請け165
 製造ライン6 うち零戦3、銀河3

桐生工場 群馬県桐生市 太田の分工場?

半田製作所 愛知県半田市 戦後は輸送機工業になる
 工場25、下請け260
 製造ライン3 うち彩雲2、天山1
 新居工場 半田制作所の東側 分工場?

宇都宮製作所 1943-08起工? 栃木県宇都宮市 半田開設時に一部移管
 工場7、下請け63
 製造ライン2 疾風2

大谷製作所 栃木県大谷町 工場の疎開先?

武蔵野製作所 1938-05竣工 東京都武蔵野市 1938開設 陸軍向け
多摩製作所 1941-11竣工 東京都武蔵野市 海軍向け発動機 現在は武蔵野中央公園

武蔵製作所 東京都武蔵野市 1943開設 武蔵野と多摩、両製作所を統合
→八王子市の浅川地下壕へ疎開

三鷹研究所 1941-12起工 東京都三鷹市 岩手に疎開
東京製作所 荻窪 1925-11開設 1945年4月、第一軍需工廠 第23製造廠に指定

大宮製作所 1942-06新設? 埼玉県さいたま市


浜松製作所 静岡県浜松市 東京製作所(荻窪)と浜松製作所が富士精密工業になる
鷲津工場 静岡県湖西市
藤枝工場 静岡県藤枝市
大井工場 静岡県?
三島製作所 静岡県三島市 1943-04竣工? 海軍向け機器

亀岡工場 京都府亀岡市
宮竹工場 福岡県福岡市

小ネタ


・中島飛行機の疎開先

群馬、半田、宇都宮、武蔵の4か所がメイン

第一軍需工廠として国営化
軍の管轄下となったあと疎開命令が下された


小泉製作所→茨城県若栗、福島県郡山、東京都静和?(東京都武蔵野市吉祥寺?)
武蔵製作所→浅川地下壕(東京都八王子市)
半田製作所→愛知県岡崎、石川県小松、長野県伊那


・半田工場

石川富山県内の9か所に分散。岡崎工場は岡崎航空基地っぽい 図録やwikiに組立ライン設営の話が出てくる

 小松市遊泉寺 採石場
 


疎開先の佐美工場(小松)に半田から機材を搬入

半田工場開設時は群馬と栃木の工場から人員の移動があった。そのため工場内には関東出身の工員がそこそこいたらしい(工員の話より)

1942-06 半田工場建設委員会が発足


ほか岩手県の北上にも疎開?

ソース

中島飛行機物語 https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/nakajima/naka-cont.html


・そのほか

三島 土地狭隘のため発動機工場に
静岡 ???
浜松 飛行場用地の面積足りず発動機工場に
中島航空金属 田無製造所 金属加工所? 1943-09の第三回行政査察に出てくる



・1945-08時点

機体組立工場 4
発動機工場 4
研究工場2
機関銃搭載工場 1
その他の分工場121

工員 225000人


三菱重工業

【命名規則】

三菱重工業 (地名) + 航空機or発動機 + (地名)工場
例)名古屋航空機製作所 


名古屋航空機製作所(愛知県)
・大江工場(愛知県名古屋)
・知多工場(愛知県大府) 飛行場あり

水島航空機製作所(岡山県倉敷)飛行場あり 現在は三菱ガスと三菱自工

1940、海軍から工場拡充の要請
1941、用地買収、起工式
1943、工場完成、操業開始
1945、1月 海軍から疎開用地下工場建設の要請、2月 防諜のため第七製作所に改称

熊本航空機製作所 熊本県熊本市

名古屋市発動機製作所
・大幸工場(名古屋) 名航から1938年に独立
・枇杷島工場(名古屋) 現三菱重工枇杷島工場

静岡発動機製作所 静岡県 
京都発動機製作所 京都府 →現三菱自工エンジン工場

航空関連工場は15こあったらしい?(GHQの賠償工場に指定されているのを確認)

三菱重工の工場は膨大になったので以下に移動しました

民間の軍需工場まとめ

愛知時計電機

愛知時計電機(現同名) グループ本社
 愛知化学工業(現アイカ工業) 1936-10設立
 愛知航空機(現 愛知機械工業) 1943-02設立


艦爆、水上機の他にも陸軍向けの信管なども製造していた

川崎航空機とDB601のライセンス生産を行う
1943年に航空機部門を分社化→愛知航空機を設立

本社は現在も同名のまま同地で存在

川崎航空機

各務原工場 1937-06開所 川崎重工から川崎航空機工業として独立
→岐阜工場 1939 各務原工場を岐阜工場と改称

各務原陸軍飛行場に隣接し製造ラインを集約していた。現在も同地で製造ライン、実験施設が稼働中。愛知県の一宮に社員寮があったらしい

日立航空機

日産コンツェルン(鮎川財閥)の航空機部門

立川工場 東京都大和市 瓦斯電からの引継 エンジン工場 同社最大の工場
大森工場 東京都大田区 瓦斯電からの引継 エンジン工場→部品工場
羽田工場 東京都大田区 瓦斯電からの引継 機体製造→部品工場
千葉工場 千葉県千葉市 組立完成工場? 1942年から操業開始
川崎鋳造所 クランクケースなどの鋳造部品を製造



1939年3月、東京瓦斯電気工業が日立に経営権譲渡
航空機部門を中心に設立

主に練習機や小型エンジンを製造
国内に5か所、約3.4万人の従業員が在籍

立川工場が武蔵村山市に疎開している


=沿革=

1939 東京瓦斯電気工業が日立製作所に経営権を譲渡
1942 千葉工場稼働開始

トヨタグループ

主な製造拠点は刈谷

関連

東海飛行機
衣ヶ原飛行場 三菱に移管譲渡→第22製作所


車両系メーカーなので民間工場まとめに移動しました

部品メーカーなど

・メーカー一覧

松下電器産業 木製97艦攻2号
横井航空工業 秋水
王子航空機 木製疾風
大宮航空工業 部品?

住友金属 住友系
古河電工 古河系
中島航空金属 中島の子会社? 航空機用素材

岡本工業 主脚
九州飛行機 震電、主脚
宮田製作所 主脚
萱場製作所 主脚

日東航空機器 川崎にラジエーターを納品


日本楽器製造(現ヤマハ) プロペラ、ピストン
三島航機製作所(現 丸善工業) 中島の下請け 現在は電動工具
東海精機重工業(現同名) 中島、トヨタの下請け 本田宗一郎→トヨタ買収

大同製鋼 航空機用素材
日本特殊鋼 航空機用素材
日本鍛工 航空機用素材
東京鍛工 航空機用素材

(現 太平洋工業) 航空機用リベット、自動車用タイヤバルブ

・岡本工業(岡本航空機工業)

岐阜県 重井市工場
岐阜県 大垣工場
愛知県 一宮工場(同業を買収、自社工場化)
熊本県 人吉工場
新潟県 新発田工場
愛知県 犬山工場(秘匿工場)


=沿革=

1937 岡本航空機工業を設立 名古屋市南区笠寺工場
1941 岡本工業は岡本航空機工業に吸収合併される
1943 愛知県犬山市善師野に秘匿工場を建設す。逓信院指定工場
1945 空襲で本社工場、笠寺工場、重井工場以外を閉鎖

1946 岡本ノーリツ自転車に改称
1955 労働争議で工場を整理する
1971 ノーリツ自転車に改称
1972 トヨタと提携
1983 廃業 資産等トヨタに譲渡?



陸軍用自転車、バイク、航空機足回りシェア50%ほど
ノーリツ号(能率号)などが有名 陸海軍の指定工場になっていた
1942年時点で国内7ヶ所、工員3万人いたとか?

金属加工つながりで航空機主脚を製造、納入

名古屋空襲で壊滅。戦後は自転車メーカーとして再出発するも業績不振によりトヨタ系の企業に買収されたらしい。

・松下電器産業

現在のパナソニック

空技廠が再設計した木製九七艦攻を製造。固定脚があったそうなので三菱の三号艦攻かな?


民間工場まとめに移動しました

・横井航空工業

秋水を1機製造

三菱以外で完成させた唯一の会社

wikipedia

・王子航空機(王子製紙)

北海道江別市



陸軍の要請で木製疾風を製造
→博物館に残る

滑走路は2本 2000-200、1400-50
工場までの誘導路もあった

レンガの遺構残る
当時は専用引き込み線があった

3:陸軍の航空工廠ほか

・日本陸軍の航空政策

航空工廠、民間メーカー:製造や研究開発を担当
航空廠(内地):飛行場に隣接。修理や補給などを担当

野戦航空修理廠:前線での修理を担当
野戦航空補給廠:前線での補給を担当

1920 陸軍航空部 補給部が
1925 勅令149号「陸軍航空本部令」により陸軍航空本部に昇格 製造が目的から外れる
1928 技術部が所沢から立川に移転
1933 補給部所沢支部が立川に移転
1935 勅令により技術部→陸軍航空技術研究所、補給部→陸軍航空廠に独立昇格


勅令223号「陸軍航空廠令」

・立川陸軍航空工廠

名前の似ている「立川陸軍航空廠」とは別物
こっちは製造や研究開発がメイン

立川飛行場や民間メーカー工場が隣接し、航空産業の一大拠点であった

空襲激化で山梨に疎開

・関連

立川飛行場
立川陸軍航空廠
立川飛行機
昭和飛行機
日立航空機


・沿革

1922 帝都防空構想の拠点として立川飛行場が開設
1928 陸軍技術研究所が所沢から移駐
1931 東京飛行場(今の羽田空港)が完成 民間航空会社が羽田に移動
1935 
1938 陸軍航空技術研究所が設立

1940 名古屋陸軍造兵廠の各工場から航空機部門を集約移転
1944 石川県金沢市に工場疎開
1945 立川空襲で壊滅的被害 戦後は米軍に接収される

1955 砂川事件
1972 陸上自衛隊 東部方面 航空本部が移駐
1977 全面返還

アジ歴:勅令207号「陸軍航空工廠令」



・陸軍航空廠

命名規則 (地名)+陸軍航空廠

立川陸軍航空廠
各務原陸軍航空廠


東京 立川陸軍航空廠

こちらは補修整備がメイン

立川飛行場に隣接し全国に分廠があった
航空工廠とは別物。名前が似ていて紛らわしい

立川分廠 東京都立川市
調布分廠 東京都調布市
柏分廠 千葉県柏市

岐阜 各務原陸軍航空廠

各務原陸軍飛行場に隣接
分廠多数

浜松 静岡 1939開設
八日市 滋賀 1939開設 →1941年、大阪支廠(大阪航空廠)に移管
加古川 兵庫 1939開設 →同上

亀山 三重 1944開設
小牧 愛知 1944開設

屏東支廠? 台湾→屏東航空廠に昇格

大阪 大阪陸軍航空廠

調査中

福岡 大刀洗陸軍航空廠

福岡県 大刀洗市・朝倉市
大刀洗陸軍飛行場に隣接

地名は「太刀洗」ではなく「大刀洗」
これは明治期に地名登記をミスったため

現在は平和祈念館が残る

朝鮮 平壌陸軍航空廠

調査中

満洲 南満航空廠?

調査中

台湾 屏東航空廠

調査中

フィリピン マニラ陸軍航空廠

正式名は馬尼刺(マニラ)陸軍航空廠
所属部隊は威15311。

第22野戦航空補給廠(風9325)と、垣兵団(第16師団)が統合。マニラ
陸軍航空廠となる。

1944 2月、第一・第二修理廠、第一・第二補給廠に分離
1944 7月、南方軍隷下の第4航空軍所属となる

・ほか

前線では野戦航空廠なるものがあったよう
修理や補給などを担当?

野戦航空廠 那覇分廠

4:海軍の航空工廠ほか

・海軍の航空政策

1912 横須賀海軍工廠の一部門にて外国機のライセンス生産を開始
1919 生産を民間、修理を海軍で行う方針を決定 目的は民間工場の負担軽減

1919大正8年 海軍技術廠令改正


・空技廠:海軍航空技術廠・第一技術廠

所在地は横須賀

1932海軍航空廠
→1940海軍航空技術廠
→1945第一技術廠

横須賀鎮守府の管轄下で山本五十六が開設。技術研究もやっていたが、実用機の設計生産が主だった

製造機 彗星、銀河、桜花、橘花

1932 4月、海軍追浜飛行場に隣接して海軍航空廠が開設
1938 3月、修理補給用の海軍航空廠?を開設
1940 名称混同をさけるため、海軍航空技術廠に改称
1941 9月、海軍航空廠令が制定 5個航空廠と 隣接地と支廠を増設
1943 空襲対策で地下壕の建設開始
1945 2月、第一海軍技術廠に改称、支廠が第二技術廠に改組

1932 勅令28号「海軍航空廠令」により「海軍航空廠」を開設 横須賀に航空関係施設を集約する
1940 勅令70号により「海軍航空廠」は改組し、「海軍航空技術廠」となる
1941 敷地内に支廠を設置
1945 「第一技術廠」に改編、支廠は電波本部と統合され「第二技術廠」に昇格

アジ歴:勅令28号 海軍航空廠令


疎開先 三沢飛行場

ソース 技術者たちの敗戦

・海軍航空廠まとめ

飛行場に付随した簡易工場だった模様→1919の政策方針にて
設立時の1941年9月では鎮守府または要港部に属し、航空兵器の製造修理などを担当

その後航空隊の拡充に伴って巨大化。

海軍工廠からの移管で大規模な製造工場をもつ空廠も出てくる
→呉市広の11空廠、長崎県大村の21空廠など

命名規則

【例】

 第六十一海軍航空廠
 第十一海軍航空廠 岩国支廠
 南東方面海軍航空廠 サイパン分工場(アジ歴より)


第○○海軍航空廠 番号は漢数字で十が入る
略称は第○空廠など(→第21空廠)

支廠なのか、分廠なのか、分工場なのか問題
→たぶん○○支廠 ○○分工場(いくつかの資料で確認)

岡崎航空基地は

第1~20航空廠

第1 茨城県土浦市 霞ヶ浦の一帯 霞ヶ浦飛行場、霞ヶ浦、土浦航空隊が隣接
第2 千葉県木更津 海軍航空廠のなかでは最大規模 多くの支廠をもつ
第3 
第4 
第5 
第6 
第7 
第8 
第9 
第10 

第11 広島県呉市広
第12 大分県大分
第13 
第14 
第15 
第16 
第17 
第18 
第19 
第20 

第20~40航空廠

第21 長崎県大村 1941年完成 1944年10月の空襲で壊滅
第22 鹿児島県鹿屋
第23 
第24 
第25 
第26 
第27 
第28 
第29 
第30 

第31 京都府宮津市 元第11空廠支廠→1942年、第31海軍航空廠となる
第32 鳥取県境港市? 美保海軍航空基地に隣接
第33 
第34 
第35 
第36 
第37 
第38 
第39 
第40 

第41~60航空廠

第41 青森県→北海道 1942年に第2空廠支廠から昇格 →1944北海道千歳に移転
第42 
第43 
第44 
第45 
第46 
第47 
第48 
第49 
第50 

第51 
第52 
第53 
第54 
第55 
第56 
第57 
第58 
第59 
第60 

第61~80航空廠

第61 台湾 高雄
第62 
第63 
第64 
第65 
第66 
第67 
第68 
第69 
第70 

第71 
第72 
第73 
第74 
第75 
第76 
第77 
第78 
第79 
第80 

第81~100航空廠

第81 
第82 
第83 
第84 
第85 
第86 
第87 
第88 
第89 
第90 

第91 
第92 
第93 
第94 
第95 
第96 
第97 
第98 
第99 
第100 

第101~120航空廠

第101 
第102 
第103 
第104 
第105 存在を確認
第106 
第107 
第108 ラバウル航空廠
第109 
第110 

第111 
第112 
第113 
第114 
第115 
第116 
第117 
第118 
第119 
第120 

空廠の統廃合・支廠一覧

第1空廠 茨城県霞ヶ浦

第2航廠 千葉県木更津

 大湊支廠 青森 →1942年、第41空廠に昇格
 鈴鹿支廠 補給工場ー岡崎

 香取、厚木、瀬谷、平塚、大井、豊橋、硫黄島など、航空基地のある地域に補給工場
 館山補給工場 千葉 1941年10月開設 館山海軍航空基地に隣接 地下工場あり


第11空廠 広島県呉市広

 舞鶴支廠 京都 →1942年、第31空廠に昇格
 岩国支廠 山口 11空廠の疎開先 1945年1月から地下工場
 大分支廠? →その後12空廠?
 詫間補給工場 香川県 詫間海軍水上機基地に隣接
 徳島補給工場 徳島県松茂町

第21空廠 長崎県大村

 鹿屋支廠 鹿児島 →1944年、第22空廠に昇格
 鎮海分廠 →1942年、第51空廠に昇格
 日宇分工廠 佐世保

第41空廠 青森県大湊氏市→北海道千歳市

 第2空廠大湊支廠 1942年に第41航廠に昇格
 →北海道千歳に支廠、1944移転


第61海軍航空廠 (台湾高雄)


不明な補給工場

横須賀・木更津・香取・館山・鈴鹿
河和(知多半島)、硫黄島・平塚・厚木
瀬谷(横須賀)・豊橋・大井

第1航空廠

隣接して土浦航空隊、霞ヶ浦航空隊があった

第2航空廠

本部は千葉県木更津
海軍の内地最大の航空廠であった模様
第三航空艦隊の本拠地が隣接

香取、厚木、瀬谷、平塚、大井、豊橋、硫黄島など、航空基地のある地域に補給工場が置かれていた
鈴鹿には支廠がおかれていた

第21海軍航空廠

長崎県大村市

敷地面積210万平米、工員5万人、という一大工廠
付近には陸軍の工廠もあり、大規模な工業都市であった

1941 佐世保工廠から独立昇格、第21空廠となる
1944 10月、空襲で壊滅

南東方面海軍航空廠

本部はサイパン?
略称は南東空廠

サイパン分工場 名称確認済み
大宮島分工場 グアム

南西方面海軍航空廠

パラオ分工場

5:航空基地

海軍 1945整備計画

本土決戦に備え、海軍航空本部は60か所の航空基地拡充を決定。秘匿名は牧場

関東

茨城 霞ヶ浦飛行場

調査中

東海・北陸・甲信

愛知県

海軍 明治航空基地 
海軍 岡崎航空基地 
海軍 伊保原飛行場 豊田市 愛知時計電機→海軍
三菱 衣が原飛行場 豊田市 東海飛行機→三菱重工

海軍 豊橋航空基地 豊橋市 国内唯一の海上飛行場 6本の滑走路あり

岐阜 陸軍 各務原陸軍飛行場

各務原航空廠、三菱や川崎の工場などが隣接
25mプールが残る
調査中


中国・四国

鳥取 美保海軍航空基地

鳥取県境港市

九州・沖縄

長崎 大村飛行場




台湾・朝鮮・外地ほか

朝鮮 陸軍 金浦飛行場

更新履歴

2020-05-12 まとめ記事作成
2020-05-13 公開
2020-05-16 海軍の空廠と民間メーカー国営化を追補
2020-06-25 自動車メーカーの項目を追加
2020-09-20 飛行場の項目を追補
2020-10-23 王子航空機の項目を追加
2020-10-27 三菱を大幅追補→改称工場を民間まとめに移動
2020-12-30 岡本工業の項目を追加

2021-01-01 中島工場一覧を大幅追補 川崎航空、丸善工業を追加
2021-01-10 松下航空工業を追加→民間まとめに移動
2021-05-08 工場国営化の項目を民間まとめに移動
2021-05-19 中島飛行機のマップを追加

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